鹿児島県 鹿児島市
PEN P-7 ED14-42mm
3.5-5.6久々に晴れて、窓から桜島が拝めた。
50歳を過ぎて大きな手術は2回、そして先日の22日、60過ぎての今回が3回目となった。
大きな手術といっても様々だが、全身麻酔を要し術後の入院期間が1週間以上というもので、60後半となった体には結構堪えた。堪えた、というのは体力面もそうだけど、精神的な面での捉え方にも50代の時とは大きな違いを感じる。50代は今から振り返ってみれば、若い!と素直に感じるほど、体力の衰えは歴然としている。
全身麻酔の影響として目覚めた後に生じる精神的錯乱「せん妄」というのがある。
その昔、術後ICUから病室に戻ってきた私の母親の様子がおかしくなり、看護師さんを手こずらせたという経験があり、私は「せん妄」の実態を間近で初めて見て驚いた。「せん妄」症状とは、激しい幻視が生じ動物や虫などが目の前にいるかのように鮮明に見えてしまうのだ。「そこに、ネコがいる!」と母親は怯えたり、恐怖心から点滴針を抜こうとしたので、看護師から拘束衣を着せられてしまい、これにまた激怒した。まるで人が変わったようになるのが「せん妄」である。母親はパニック状態に一時的とはいえ陥ったのだが、私は今の自分に置き換え、そのときの母親の心情を少し共感できるような気がした。
私の手術は午前9時から始まり、終わったのは午後2時半頃。麻酔から覚醒したのはさらに2時間後の4時過ぎだった。
手術台からスナッチャーに移され、CT検査室に運び込まれ、さらに元の病室に戻されるまでは朦朧としていた。覚醒から3時間は絶対安静で、酸素吸入のマスクを掛けられる。すでに日も暮れて外は真っ暗な時刻。点滴二本と尿管カテーテルが入っているので、ベッドに拘束されている状態がさらに20時間以上も続くわけだが、酸素マスクでの吸入が息苦しく窒息するのではないか、という恐怖心に耐えかねて、ナースコールを思わず押した。「絶対安静で3時間は外せませんよ」と厳しく言われさらに恐怖が増す。しかも今が何時なのか時計も見えない。
恐怖心に襲われたのはマスクの息苦しさの前に、夥しい幻視が現れたことが一番の原因だった。まず、部屋の照明は落としてあるけど、医療器具の赤や緑色の動作ランプの明滅がいくら目を閉じても瞼の中に残像となり別の形になって現れる。
この幻視は非常にリアルなのだが、次々と現れる映像は最初は奇妙な異世界のような映像で、それが流れるようにパンしては別の映像に置き換わっていった。その異世界は現実にはありえないようなオドロオドロしたもので、恐怖そのものだ。泥地獄の中に何やら生物が何匹も浮き沈みしているようにも見えて、これでは気持ち悪くて眠れやしない、と目を開いて見るけど部屋は灯りを落としている。暗黒ではないけど、閉塞感で息が詰まりそうになる。
やがて疲れて瞼を閉じざるを得ない。すると、今度はやけに明るい映像が現れ、スーッっと流れて消えると別の新たな映像が左からスライドインしてくる。その映像とは明らかに蝶々で展翅された格好の同種が瓦屋根のように瞼画面いっぱいに重なっており、キアゲハのようでキアゲハでなく、でもどこかリアルなだけに不気味には違いない。PCモニターのセーブ画面のごとく新しい映像がゆっくり左から右へと流れるパターンは同じ。
そして、術後二日目の夜も昼も、眠ろうとして目を閉じると、またしても瞼の裏側に今度は、どこかでみたような風景写真がリアルだけどちょい焦点がずれた画像が、これも次々と新しい画像に置き換わっていく。しかし、どの風景も見た経験などない、未知の場所で明らかに海外の街中や田舎だったり、日本のどこかだったりする。そして場合によっては画面にスーッと人物が浮き上がってくる。その風景にふさわしい場合もあるけど容貌がはっきりしてくる寸前で別の画像に置き換わる。こうした画像を眺めているうちに、自分が風景写真家になったような錯覚に陥ってもいった。これがもしかしたら自分の仕事だったの?と何だか現実感からどんどん遠ざかっていくようで、それはそれで不安になった。
この風景画像の瞼スライドショーは三日目の明け方にも出現したけれど、不気味な異世界は逆に現れなくなった。
「幻視」について少し調べてみると、認知症に通ずるところがあるようで、ちょっとドキッとしたけれど、それ以外にも睡眠不足で生じることもあるそうだ。麻酔で5時間以上強制的に眠らされて、その影響が出ないはずも無い。夜昼の感覚が狂ってしまい、まともに睡眠がとれない影響は大きいだろう。それに、天井と壁、天井から床まで垂れた水色のカーテン、という限られた視界に閉塞されて、体は何本もの管でベッドに固着されている状況で、神経がまともに働くはずもなく、私としてはかなりキツく感じる精神状態に陥ったのであった。過去の50代に受けた手術では今回のような体験はしていないので、やはり、年齢かな、年齢に応じて様々考え方が変わったせいでもあろうなあ、と思ったりした。
今回の「幻視」は寝ようとして瞼を閉じた時に限って生じたのだけど、これも「せん妄」の範疇に入るのだろうか。そうだとすると、やはり加齢の影響が大きいのではないか、とも思えるのである。
なお、今回の手術は三叉神経痛の治療であり、4年前に発症してから毎年のように疼痛発作に悩まされてきた。この病は罹患者人口が極めて少なく、世間的には認知度が低いので、疼痛といってもどこがどのように痛むのかも、知らない人の方が多いだろう。
私の三叉神経痛は毎年発症するけれど、寛解期間も多少はあり、全身麻酔を伴う手術まで受けるのには抵抗があった。しかし、今夏に発症した疼痛は激痛甚だしく、過去3年間で経験したより確実に悪化しており、またいつ発症するかもしれない、という不安感に怯えながら仕事や日常生活を送ることには堪えられなくなったのである。
今回のような手術を行う病院は少ない。この病気について診察はするけれど、治療はしない、できない、という病院が殆どのようだ。宮崎大学附属病院で診察を受けたものの、ここでは治療できない、と言われてびっくりした。
ネット情報では診察・治療の実績あり、と明確に表示されていたのだ。地元、宮崎でもできる病院はあるらしいが、詳しい情報が入手できないまま、都城市の脳神経科個人病院に鹿大病院から出張で来ている医師に、適切なMRI診断と治療手段について説明を受けることができたのは幸いだった。鹿児島大学病院の脳神経外科では手術できると聞いて、まさに渡りに船。いろいろな検査も必要で、また自分の仕事の都合もあって、初回診察から手術するまで、じつに三ヶ月を要した。
posted by やまかます at 18:11|
日記