2月と3月に野鳥の撮影で訪れた出水市のツル越冬地に再び足を運んだのは、夏の様子を見ておきたかったからだ。
さすがにこの時期、この場所を訪れるバードウオッチャーも観光客も一人もおらず、農作業の長閑な光景が見られる。
もちろんツル観察センターも休館している。期間限定の施設というわけだ。

3月に何度も訪れた展望台で昼食をとりながら、広大な農地とその奥にある海を眺めていると、すぐ目の前の植え込み上空を白くて大きいシロチョウが力強く飛び過ぎて行った。翅端のオレンジ色が際立つ、ツマベニチョウのオスだ。
酷暑の下、ツマベニチョウの飛影は風景に馴染んでいるように見えた。出水市でもツマベニチョウが定着しているのだろうか?





「アブラギリの谷」あるいは「オオキンカメムシの里」と私が勝手に名付けた谷筋で、アブラギリを眺めながら歩いていると、川の真ん中にアオサギが佇んでいた。
落ち着いている様子だったので、ガードレール越しに撮影を始めたところ、しばらくして急にソワソワし始めた。
「うん!?なんだろう?」
ともかくもこれは飛び立つな、とわかったところで撮影モードを変更して待機していたところ、やはりアオサギは飛び立った。しかもその方角はしゃがみ込んでいる私に向かっていた。
アオサギがフレームから外れたので、立ち上がってその姿を見上げていると、道路の奥からサラリーマン風の男性がゆっくりと歩いてくるのが見えた。なるほど、アオサギはこの男性を警戒したようだ。
目が合ったので軽く会釈をしたけれど、男性はニコリともせず無視してスタスタこちらへと歩き続ける。
山間を歩くには場違いな、事務所のデスクが似合う風体と血走ったような目つきに違和感を覚え、声がけすることもせず車に戻ろうとすると、
「この先の道は狭いのかな?大型バスでも通れる?」と、唐突に鹿児島弁で尋ねる。
なるほど、無愛想な慇懃無礼とも言える態度の理由がわかった。ハンカチで汗を拭き拭き前方の道を覗くようにして歩くこのネクタイをした男性は、大型バスを先導しながら、行く道の様子を探っていたのだ。つまりとんでもない苦難に陥っていたのである。
「この谷の反対側の入り口までクネクネ道もあり、ところどころ普通車がやっと通れる箇所もありますよ。とくに入り口はまるで瓶の口で、トレーラーは通行禁止と表示がありました。しかし、よくここまで来れましたね」と、私。
「県道に入るつもりが道を間違えてしまったんだけど、入り口には大型通行禁止の表示も何もなかったんだわ〜」
かといって、もうここまで来たからにはバックで戻ることもできない。たしかにそうだ。
私が車を停めていた場所はちょうど離合できるほど道幅が広がっていたのが幸いした。まあとにかく進んでみますわ、と言い残して一旦引き返した男性に誘導されて、カーブの奥から、のっそりと切り返しを繰り返しながら大型バスが現れた。その速度は人が歩くよりか遅い。バックと前進を小刻みに繰り返している様子は、巨大なゾウが密林に迷い込んだような光景だった。
私はガードレールに座って大型バスが通り過ぎるのを眺めていた。大型バスが進むその先は、広い道幅に出るまで10数キロはクネクネ道がまだ続く。こんな状況下で乗客はどういう気持ちなんだろう?と高い窓を見上げてみれば、乗客は一人も乗っていない様子で、フロントガラスに「乗務員研修」と貼り紙があった。運転手はかなり若い丸顔の兄ちゃんで、なぜか和かだった。歩いて先導する上司への日頃の恨みでも晴らしているのだろうか、と勝手な想像をしてみる。
大型バスの後ろ姿を見送ってから先に進むうちに、3台の乗用車と時間をおいてすれ違った。ここの道は通行する車は少ないもののスイスイ走れるから抜け道になっているのかもしれない。がしかし、進んだ先で対向車たちは大型バスに塞がれた地点で次々と足止めをくらうはず。
うしろからやってきた車の運転手に対して、さきほどの男性がしきりと謝る姿が目に浮かぶ。自分は逆向き進行で幸いだったと安堵した。
しかし、なんでもっと早めに引き返す判断ができなかったのだろうか?
つい先日も同じ鹿児島県で、バスが道を間違えて細道に入り込み横転する重大事故の報道があったばかりだが。

路上に落ちていたシナアブラギリの果実から、種子をいくつか拾い集めて持ち帰った。さて、うまく発芽してくれるだろうか。アブラギリも植えてみようかと思う。