三股町
庭のコナラで袋がけ飼育をしていたヤママユ幼虫たちは、
先日(6月22日)繭の中に全てお籠もりした。ただ一頭だけは体がカチカチに
硬直して、繭を紡ぐことも無く死んでしまった。病死のようだ。
去年の10月、庭のクヌギで見つかった卵は16個で、孵化した13個のうち
繭を紡ぐまで生き延びたのは6頭だった。
ヤママユの繭 OM-1 ED 60mm F2.8 Macro Flash Q20U (撮影:6月14日)
ヤママユ幼虫は終齢になってから食べる量が増して、袋掛けに適した高さの梢はどれも丸裸になってしまったので、
全ての幼虫をミズナラの枝に引っ越しをした。コナラで育った幼虫は途中でミズナラに代えても問題なくこれを食してくれた。もっとも、ミズナラに引っ越した時点で、幼虫の総数は半減していたので、食葉が足りなくなる心配も減ったわけだ。減ってもちろん嬉しいわけではないが、コロギスの捕食圧は予想以上に高く、網を食い破って侵入するという事態になっては手のうち用が無かった。そこで袋掛け飼育を諦め、室内飼育に切り替えたわけだ。
丸坊主になっていたコナラの梢はその後養生し、若葉が芽生えている。
ミズナラは数年前に山で拾ったドングリを植えてあったもので、今では人の背丈より伸び上がっている。低い位置に枝を張るように適時剪定してきたので、袋掛け飼育を行うにもちょうどいい枝ぶりとなっている。
室内飼育は居間と食堂の境目の窓辺に置き、食事中やくつろいでいる時など毎日、目に触れるようにしてあった。糞が落ちてコロンっと音がするたび、「ああ元気で育っているな」と安心したり、時には別の音に聞こえて「アレ?雨漏りか?」などと狼狽えて、あちこち天井の隅々まで見回した挙句、さいごには飼育ケースに目が止まって「紛らわしい音だね!」と笑って落ち着く。
水差しを高さ1mほどの蚊帳で覆っただけの簡易な飼育装置が2基並んでいる光景は、いつの間にか目に馴染み、寒冷紗の霧壁に遮られて中にいる幼虫の姿はよほど近づいて目を凝らさないと分からないから、ふと飼育していることすら忘れている時間が多い。たまに糞が落下して立てる音が、ヤママユ幼虫たちの存在を思い起こさせてくれる。観察する上では蚊帳の素材はもっと透明度のあるメッシュにした方がいいな、と思った。屋外の袋掛け飼育で使用していた寒冷紗をそのまま流用したのだけど、コロギスの大顎でも貫通できないほど堅牢で透明感のあるメッシュ素材とはなんだろう?とこれも今後の課題となった。
幼虫の葉っぱを喰む音は近くでコーヒーを啜っている時などに聞こえる。終齢ともなると硬い葉っぱも食すので大袈裟に言えば煎餅を噛む時のような音になる。幼虫の数が多ければそれこそ部屋中に響き渡る合奏曲にもなるだろう。
「糞コロン」、「葉を喰む」、その二つの音がしばらく止んだ頃、寒冷紗に鼻を擦り付けるようにして中を覗き込むと、葉っぱが数枚合わさった中に包まれて幼虫の姿が消えている。繭作りが始まったことは下痢便も見つかり確実となる。良い意味で、口減らしできたことで一安心。飼育蚊帳2基にそれぞれ終齢幼虫3頭で合計6頭の幼虫たちが日を追って次々と営繭し終えて、飼育装置を解体できた時は、「やっと終わった」という安堵感が湧き上がってくる。特に終齢幼虫期は長くほぼ一ヶ月掛かる上、その頃にはちょうど越冬明けのコロギス幼虫が羽化して成虫が増え始めるタイミングとも重なっている。餌替えの労苦はさほどでも無いが、天敵による捕食や寄生を受けないように工夫を凝らすことは必要で、今回はコロギス成虫による捕食という失態を招いてしまった。13頭いた幼虫が結局、生き残って営繭まで漕ぎ着けたのは半数以下の6頭ということになったが、自然界だと同じ母蛾から誕生した兄弟姉妹が半数も生き残れるとは限らず、もっと厳しい結果になるのは間違いないだろう。
今回のヤママユ飼育は、成虫の飛翔行動の撮影が目的で、そのためには繭を最低でも10個くらいは欲しかった。コロギスによる捕食害を防ぎきれなかったのが悔やまれるが、先にも書いたように飼育網の工夫が今後の課題となった。
ヤママユ成虫の活動は夜間なので、闇夜を舞う姿を思い描いた絵柄通りに撮影するのはかなり難しい。同じヤママユガ科のウスタビガなどは明るい時間帯に配偶行動が見られるので問題ないが、暗黒世界に飛び交うヤママユの生き生きした姿を捉えた写真をこれまで目にしたことがないのも当然のことだろう。
11年前の4月初旬、与那国島の山中で、月夜の闇をヨナグニサンが羽ばたく姿を見たことがある。あれだけ大きいとバッサバッサと打ち下ろす翅のシルエットがしっかりと見えて、迫力があった。
繭から羽化したヤママユのメス、そこへ飛来してくるオス、というような夜のヤママユの暮らしの一端を、写真で表現してみたいものである。
posted by やまかます at 11:25|
ガ